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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5654号 判決 1955年6月13日

原告 阿部正

被告 東京富士青果株式会社

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨。

被告会社は、原告に対し、原告が別紙目録<省略>記載の株券引換証に対応する株式につき被告会社の株主であることを確認し、右株式を原告名義に書き換え、且つ、その株券を引き渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に株券引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求める。

もし、右請求が理由がないときは、

被告は、原告に対し、二、五四四、一〇〇円と昭和三〇年二月一〇日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因。

(一)  原告は、かねて訴外大鷹産業株式会社に対する貸金債権二、五四四、一〇〇円につき訴外小島大三をして連帯保証をさせていたところ、右訴外会社において期限に弁済をすることができなかつたので、昭和二九年五月四日、連帯保証人たる右小島からその債務の代物弁済として請求の趣旨記載の被告会社株式二二、〇〇〇株を譲り受け、株券引換証東富第一号ないし第四号、同第七号、同第九号、同第一〇号(合計七枚)、各引受人名義名宛人白地の名義書換委任状及び処分承諾書(各七枚)、被告会社名義の株式名義変更承認書の引渡を受けてその株主となつた。

(二)  よつて、原告は株主権に基き、右株式の名義書換及び株券の引渡を請求したところ、被告会社は、原告が右株式につき株主であることを争い右請求に応じない。

(三)  仮に、右株券引換証等の交付によつて原告が本件株式二二、〇〇〇株を取得しなかつたとすれば、前記代物弁済契約は成立する由がないから、原告は大鷹産業株式会社及び小島大三に対し依然二、五四四、一〇〇円の債権を有しているわけであるが、実際は同人等は無資力にちかく原告の右債権は回収不能である。

元来原告が大鷹産業に右貸付をしたのは小島が連帯保証人となり、且つ、本件株式引換証等を原告に担保として差し入れたからである。本件株券引換証等の内容形式に照せば何人といえどもその引渡によつてその表示する株主権を取得し株券の交付をうけることができると信じて疑わないであろうから、これを担保として貸付をなすことは当然である。しかるに本件株券引換証等の引渡をうけても株式を取得できないというのであるならば、かかる証券を流通においた者が、証券の内容形式を信頼した結果損害を蒙つた善意の第三者に対し賠償の責に任ずべきである。しかるところ、本件株券引換証等は、被告会社が昭和二四年九月二六日訴外村田一郎こと村田房之助から一〇〇万円を借り受けた際右債務を担保するため同人に交付したもので、その後同年一〇月二五日被告会社が右債務を村田に弁済したにもかかわらず、回収を怠つたため、村田の手中に残り、同人から小島大三を経て原告の取得するところとなつたものである。されば、被告会社としては、村田一郎に債務を弁済するに当り本件株券引換証等の返還をうけなければこれが転輾する結果善意の第三者に不測の損害を生ぜしめるであろうから、その流通を阻止するためこれを回収すべき義務を負つていたにもかかわらず右義務を懈怠し、本件株券引換証等を信頼した原告をして小島大三等に二、五四四、一〇〇円を貸与するにいたらしめ、延いてその回収不能により同額の損害を蒙らせたのである。

(四)  よつて、第一次の請求として、被告会社に対し、原告が本件株券引換証に表示された株式二二、〇〇〇株につき、株主であることの確認、原告への名義書換並にその株券の交付を求め、

予備的に、被告の不法行為によつて原告の蒙つた損害二、五四四、一〇〇円とこれに対し右不法行為の後である昭和三〇年二月一〇日から支払済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告の答弁及び主張。

(一)  主文第一、二項同旨の判決を求める。

(二)  原告主張の事実中、原告がその主張のような株券引換証、委任状、処分承諾書及び株式名義変更承認書を現に占有していること、右株券引換証等は被告会社が原告主張のとおり村田一郎から金員を借り受けた際担保として同人に交付したものであるが、その後右借受金を弁済したにもかかわらず返還をうけることを忘失したものであることは認めるが、原告が右株券引換証表示の株式につき株主権を取得したことは争う。その余の事実は知らない。

(三)  被告会社は、昭和二四年九月二六日村田一郎から一〇〇万円を利息月一割一月後弁済の約で借り受け、その際担保の一部として本件株券引換証等を同人に交付したが、同年一〇月二五日右借受金の返済を了した。その際村田は右貸借につき被告会社から預つていた証書類を一切返還したが本件株券引換証等は返還しなかつた。被告会社においては右事実を後日にいたつて覚知したが、当時の常務取締役林信助が村田一郎と懇意の間柄である関係もあり本件株券引換証等が悪用されるとは夢想もせず、その上同二五年一〇月二七日林常務が退職したので、返還の請求が延引している間に、村田は諸所で働いた悪事の為司直の追求をうけ、遂に同二六年一〇月二日自殺を遂げたものである。小島大三及び原告は、被告会社の村田一郎に対する債務が既に弁済せられ、村田が本件株式につき何らの権原を有しないことを知りながら、本件株券引換証等を取得したのであるから、本件株式につき何らの権利をも取得するものではない。

(四)  被告会社が本件株券引換証に対応する株式の株券を発行したのは昭和二四年一〇月九日であるところ、本件株式を村田一郎に質入したのは右株券発行前たる昭和二四年九月二六日であるから、右質権設定は商法第二〇四条第二項の規定の趣旨により会社に対する関係においては何らの効力を生ぜず後に株券の発行があつても有効になるものではない。されば本件株式の権利が村田から転輾しても爾後の各譲渡行為は会社に対する関係においてすべて無効である。よつて、原告は被告に対し株主権を主張することができない。

仮に、村田一郎は、株券発行の時において本件株式につき質権の設定を受けたものであるとしても、記名株式を以て質権の目的とするには株券を質権者に交付することを要するにかかわらず本件の場合そのことがなかつたのであるから質入の効力は生じない。

仮に、村田一郎が本件株式につき質権を取得したとしても、該質権は昭和二四年一〇月二五日被担保債権の弁済により消滅したのであるから、その後において本件株券引換証等を取得した原告は、本件株式につき何らの権利を取得しない。(本件株券引換証によつて株式を善意取得することは法律上認められていないのである。)

また、記名株式を譲渡するには株券を交付することを要するにかかわらず、原告はいまだかつてその主張にかかる株式の株券を取得したことがないのであるから、これにつき株主権を取得するわけがない。

(五)  原告の不法行為の主張について。

原告は、本件のように被告会社作成の株券引換証白紙委任状等を取り揃えてあれば何人も株主権は存在しその株券の引換を受けうるものと信じこれを担保として金員を貸し付けることは取引上当然であると主張する。

しかしながら、株券発行前における株式申込証拠金領収証の引渡による株式の譲渡は商慣習として認められているけれども、本件のような株券引換証の引渡による株式の譲渡はいまだ慣習となつておらず、商法所定の株式譲渡の方法でもないから、原告主張のようにこれを信ずることが取引上当然とはいわれない。従つて被告会社が本件株式引換証等を回収しなかつたことを原告の蒙つた損害(仮に損害ありとしても)との間には因果関係がないから不法行為が成立しない。

次に、被告会社が訴外村田一郎に債務を弁済するにあたり本件株券引換証等を回収しなかつたという不作為について考えてみるのに、一般にある不作為によつて他人に損害を加えたとしても作為義務のある場合でなければ不法行為は成立しないものと解するのが相当である。けだし義務なき場合は違法性を欠くからである。本件のような場合、被告会社が村田一郎に対しその債務を弁済したとき、本件株券引換証等の返還を請求することは民法第四八七条の趣旨からいつても被告会社の権利であろうが、決して義務とはいわれない。従つて原告が被告会社の右不作為によつてたまたま損害を蒙つたとしても、被告会社としては不法行為の責任を負担すべき限りではない。

四、証拠<省略>

理由

第一、原告の第一次の請求について。

原告がその主張に係る株券引換証東富第一ないし第四号、同第七、第九、第一〇号(合計七枚)、各引受人名義名宛人白地の名義書換委任状及び処分承諾書(各七枚)、被告会社名義の株式名義変更承認書を現に占有していることは当事者間に争がなく、この事実に証人小島大三の証言によつて真正に成立したものと認める甲第一一号証の一、二、成立に争ない甲第九号証、右小島証人の証言を合せて考えれば、原告は昭和二九年五月四日訴外小島大三から原告が訴外大鷹産業株式会社に対して有する貸金債権二、五四四、一〇〇円についての連帯保証債務の代物弁済として前記株券引換証に対応する被告会社株式合計二二、〇〇〇株を譲り受ける旨の契約をなし同時に右株券引換証等の交付を受けたことを認めることができる。よつて原告がその主張に係る株主権を取得したか否かにつき判断する。

証人林信助の証言によつて真正に成立したものと認める乙第一ないし第三号証、同証人の証言を合せ考えれば、被告会社においては昭和二四年一〇月中旬頃設立に際して発行する株式四〇、〇〇〇株(従つて本件株式二二、〇〇〇株を含む)につき株券を発行したことが認められる。

而して、記名株式の譲渡は株券が発行された後においては、商法第二〇五条にしたがい必ず株券を譲受人に交付してこれをなすべく株券の占有移転を伴わざる株式譲渡契約は単にいわゆる債権的効果を生ずるに止まるものと解すべきところ、前記認定事実によれば、原告は、本件株式二二、〇〇〇株につき株券の発行のあつた後である昭和二九年五月四日小島大三から本件株式を譲り受けるに当り前記株券引換証七枚の交付をうけたものであつて、成立に争ない甲第二号証の一ないし七によれば右株券引換証は被告会社の作成に係り各株式引受人を名宛人として株券調製完了次第本証引換に株券を交付すべき旨記載した証書ではあるがその内容形式に照し本件株式を表彰する株券でないことが明白であるから、上述したところにより原告は右株券引換証の交付をうけたことによつてはいまだ本件株式二二、〇〇〇株を取得したとはいえないこともちろんである。よつて原告が本件株式につき株主権を取得したことを前提とする本訴請求は失当であつて棄却を免れない。

第二、原告の予備的請求

原告の予備的請求の要旨は、被告会社は昭和二四年九月二六日訴外村田一郎こと村田房之助から一〇〇万円を借り受けるに当り右債務を担保する趣旨で本件株券引換証等を同人に交付し、その後同年一〇月二五日右債務を弁済したにもかかわらず本件株券引換証等を右村田から回収することを怠つたため、右被告会社の不作為に基因して原告において二、五四四、一〇〇円の損害を蒙つたからその賠償を求めるというにある。

被告会社が、原告主張のような事情で本件株式引換証等を訴外村田に交付し、原告主張のように同人からその返還をうけることをしなかつたことは当事者間に争のないところであるが、およそ、不作為による不法行為が成立するためには加害者とせられる者において該不作為に対応する作為をなすべき法律上の義務を負担することを必要とする。いま原告の主張するところによる被告の不作為なるものをみるに、被告会社がその負担する債務を担保する趣旨で債権者に差し入れた本件株券引換証等を該債務の弁済に当り回収することを怠つたというのであつて、被告会社としてはかかる場合において右株券引換証等を回収すべき法律上の義務があるとは到底認められないから右不作為は不法行為を構成すべき加害行為たりえない。

然らば、その余の点につき判断するまでもなく、予備的請求もまたすでにこの点において失当であるから棄却を免れない。

第三、結論

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 太田夏生 宮本聖司)

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